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広島高等裁判所岡山支部 昭和24年(を)457号 判決 1949年12月27日

被告人

豊田幸男

主文

原判決を破棄する。

本件を岡山地方裁判所に差戻す。

理由

弁護人小倉金吾の控訴趣意は末尾添付の控訴趣意書の通りで之に対し当裁判所の判断は次の如くである。

第一点について

原判決は「被告人は昭和二十四年九月五日午後七時三十分頃邑久郡朝日村東片岡地内道路上を通行中の中山美代治に対し同人をその背部より突き飛ばし因つて同人に対し治療日数二ケ月乃至三ケ月間を要する外傷性両側神経碎碍(外傷性両側撓骨神経障碍の誤記と認める)の傷害を与えたものである」という事実を認定し、これが証拠として被告人の原審公廷における供述、同人に対する司法警察員作成の第一回供述調書、中山美代治に対する司法警察員の被害者供述調書及び医師谷幹彦作成の診断書を引用しているのである。

よつて案ずるに被告人が中山美代治に対して判示の暴行を加へたことは爭のない事実であり且つ証拠によつて明白である、又被害者中山美代治が昭和二十四年九月十四日当時判示の外傷性両側撓骨神経障碍という疾病に罹患している事実は医師谷幹彦作成の診断書の記載によつて一応認定し得られる。ところがここで重要な問題は被告人の判示暴行と被害者の前示疾病との間に果して因果関係があるかどうかということである。中山美代治に対する司法警察員の被害者供述調書中「不意に後から私の両腕を突き飛ばしたので私はビックリして……両手がしびれて急は両手の先が疼き出した」旨の記載があるので條件説に従えば被害者の右疾患は被告人の暴行に因つて生じた結果であるというように見られないでもない。しかし行爲者に対し刑法上の責任を論ずるには、行爲と結果との間に一般的見解において普通可能とせられる関係すなはち相当の関係があると認められる場合においてのみ因果関係ありとするのであり右に所謂一般的見解とは全経驗的知識の見地即ち経驗則に基くこと勿論である換言すれば注意深い人間であるならば知り得た事情及び行爲者が特に知つていた事情を基礎としてこれらの事情から一般的見解に立つて普通生じたであらうと考へられる範囲内に具体的結果が発生した場合に行爲者の行爲を以て右の結果に対する原因であると解すべきである。若し右相当の範囲を越えた結果を生じたとすればそれは偶然であり本質的でないから相当因果関係はないものといわなければならない。

右の見地に立つて本件を考察するについては第一、被告人の加へた暴行即ち打撃の程度はどうであつたか第二被害者の之に対する抵抗力即ち年齢、体格、体質、健康状態等はどうであつたかを先づ以て檢討する必要がある。そこで証拠によつて調査するに被告人の原審公判調書における「中山を突いたことはあるが、そのために傷を負わしたことはない」旨の供述、被告人の司法警察員に対する第一回供述調書中「默つて美代さんを後から両手を開けて肩の辺を突き飛ばしたら美代さんは前へヒヨロヒヨロと二三歩行つたが後を向いて什うするならといつた」旨の供述記載、中山美代治に対する司法警察員の被害者供述調書中同人の供述として「不意に後から私り両腕を突き飛ばすので私はビツクリして後を見ると云々」の記載を綜合して被告人の本件暴行は極めて軽度の打撃であつたものと認められる。次に被害者中山美代治の年齢が五十六歳であることは記録上明かであるが同人の体格、体質、健康状態等については特に何等記すべきものがないので普通の状態であつたものと考へるの外はない。右のような状況において被告人の暴行と被害者の疾患との間に果して相当の因果関係が認め得られるであらうか甚だ疑問を存するのである。医師谷幹彦の診断書は事件後約十日を経過した同年九月十四日作成されたものであり、且つ該診断書には外傷性とあるだけでその疾病が何時如何なる原因から発生したものであるか窺い知ることができない。右の疾病は他の原因から発生したものであるかも知れない或は被害者が特異の体質であつたか、或は又類似の既往症があつたものであるかも知れない。仮に然りとするならばその結果は偶然のもので本質的なものでないから相当因果関係を肯定することは他に特殊の事情のない限り困難である。

原審は須くこれ等の具体的事情について嚴密な審理判断の上因果関係の存否を決定すべきであつたのに拘らずその審理を盡さずして漫然判示事実を認定し被告人を傷害罪に問擬したのは審理不盡、理由不備の違法がある。而して右の違法は判決に影響を及ぼすこと明かであるから原判決は破棄を免れない。論旨は理由がある。

仍て他の論旨についての判断を省略し刑事訴訟法第三九七條第四〇〇條本文に則り主文の通り判決する。

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